【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-
「確かに俺らの顔はこっちで割れてるけど、何も普通に道端歩いてるだけで気付かれるわけでもないし。
朝顔の総長がひとりでこんなところを歩いてるなんて、誰も思わない」
「……なら、いいけど」
「ひさびさに会った割には素っ気ないね」
越がソファに腰掛ける。
もしわたしが今日どこかに行っていたら、どうするつもりだったんだろう。彼岸花のメンバーと一緒だったかもしれないのに。
……いや、ひとりで家にいたからいいんだけど。
「お茶でもいれる?」
一応聞いておこうと問いかければ、彼は視線だけをこちらに寄越した。
なんか、越が疲れてるように見える。ハルちゃんが越は忙しいみたいって言ってたけど、そのせいだろうか。
「いや、いいよ。……雫、こっち」
手招きされて、ソファに近づく。──と、腕を引かれて気付けば彼の腕の中。
その瞬間ふわりと香った甘い匂いが、なぜかどうしても気になってしまった。
「越、香水でもつけてる?」
そんなタイプじゃなかったと思うんだけど。
わたしのところに来る前にふったんだろうか。
「いや、付けてないけど」
「なんか、バニラみたいな匂いする」
すん、とその胸に鼻を寄せる。
スイーツをまんま嗅いだようなその匂いは、"付けてない"と言われても無理があるくらいに、ハッキリと香る。