【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-



「はじめてぼくと稜くんが倉庫で顔を合わせたとき。

まつりんがぼくと稜くんは兄弟だって教えてくれたんだけどね」



「……うん」



「稜くん。ぼくのこと見ていちばんに、

『無事でよかった』って、言ってくれたんだ」



「無事?」



「きつい言い方をする父さんから、息子が暴力受けたりしてるんじゃないかって。

稜くん、顔も名前も知らないぼくのこと、ずっとずっと心配してくれてたんだって。ぼくのせいで自分の人生が蔑ろになってるって言ってもおかしくないのに」



愛人の、息子。

その立場を疎むよりも、実の息子への心配が勝った。それくらい、稜くんは優しくて思いやりのある子に育った。



たしかに柳議員は育て方を間違えたかもしれない。

けれど。そんなふうに誰かを大事に思うことのできる息子と、それを聞いて涙をこぼしてしまうほど純粋な気持ちを持った息子に育ったのだから、すべてが間違っていたわけでは無いのだと思う。




「……咲ちゃん」



立ち上がって、近寄ってから彼の前で屈む。

空っぽになったプリンの容器にスプーンを挿した咲ちゃんの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。



「無事でよかった」



「……しずくちゃん」



「わたしも。……稜くんの話聞いて、実の息子さんのことが気にならなかったって言ったら嘘になるから。

あなたたちふたりが今一緒に過ごして笑い合ってるの、わたしは何の関係もないけれど、とっても嬉しい」



「……しずくちゃんも大概お人好しだよ」



咲ちゃんが、ぎゅっとわたしを抱き締め返してくれる。

甘いマロンカラーの髪をそっと撫でて、次に会ったら稜くんのことももう一度抱き締めようと決めた。



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