【完】黒蝶 -ふたりの総長に奪われて-
「出ねーの?」
「うん、あとで掛け直すわ」
みんなの前でハルちゃんからの電話に出たことはあるけれど、さすがにふたりの状況でそれは厳しい。
電話は数コールで切れて、そのあと『夜に掛け直すね?』とすぐにメッセージが届いた。
その場で返信してもよかったのだけれど、後にしようと考えていたとき。
隣でスマホの画面を覗いていた快斗と目が合ってしまって、どきりとする。
……なんか、近くない?
「快斗、さっき、何か言いかけなかった……?」
そんなに大きな声で問うたわけではないのに、ふたりきりの部屋で、この距離で伝えると必然的に大きく聞こえてしまう。
声を出すのをはばかられる。それは彼も同じなのか、快斗は「別に」と小さくこぼして押し黙った。
秒針が、時を刻む音が聞こえる。
けれど視線を散らすことも出来ないから、その音の発信源すらどこか分からない。無意識に呼吸が上ずるような感覚になって、心臓の音が、うるさい。
「お前、まつりのこと好きなの?」
「……え?」
まつり……のこと?
それはもちろん、友達や仲間としては好きだけれど。
「ただ付き合ってるだけよ。
……まつりはそう思ってないかもしれないけど」
今も、わたしの中で、たったひとりのヒーロー。
越にはじめて会った時に覚えた、どうしようもなく焦がれるような感覚は、ほかの誰にも感じたことがない。
この人なら、と。
そう思ったわたしの直感に、間違いはなかった。