◇水嶺のフィラメント◇
「あ? 知り合いなのか? アン」

「レインが兵士を一人残すと言っていたでしょ? 彼がその一人、近衛隊長のイシュケルよ」

 それを聞いたメティアは心から安堵したのだろう、大きく息を吐き出して、壁に寄り掛けた背をズルズルと滑らせた。

「防御が甘すぎますな。わたくしでなかったら姫さまの脳天はカチ割られておりましたぞ」

「まったくね。相手が貴方で本当に助かったわ」

 差し出された手に手を伸ばし、立ち上がったアンは苦々しく微笑んだ。

 向き合ったイシュケルはと言えば、冗談ともつかない台詞を吐きながら特に表情を変えることはない。

 常に冷静沈着、従容(しょうよう)自若(じじゃく)が服を着ているような人物である。

「とっ! こんなのんびりしている場合じゃないの。貴方も地下牢からレインに助けられたのでしょ!? レインは今どうしているの!?」

 その質問にメティアもすっくと立ち上がった。

 二人の真剣な面差しを交互に認めたイシュケルは、

「もちろんご無事であります。レインさまの所へ案内致しましょう」

 強張らせた頬が緩むのを見ずして、イシュケルは向こうへ顔を向けた。

 その足は再びカツカツと音を響かせながら、意外なことに来た道を戻っていった。


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