◇水嶺のフィラメント◇
 それを横目にしたアンも失笑するが、やがて見え始めた両側の様子に、二人は口を開いたものの言葉を失い、思わず歩みを止めてしまった。

「此処って……地下牢、よね? イシュケル、本当にこんな所で話し合いが? だって……貴方たちも此処に囚われていたのでしょ!?」

 再びカツンと一音、靴を鳴らしたイシュケルがおもむろに振り返る。

「わたくしたちが捕まっておりましたのは、西にある新しい地下牢です。現在この牢獄は使われていないそうですから。密会を設けるには好都合でありましょう」

「それはそうだけど……」

 アンの納得を見届けないまま、前方に身を返してしまうイシュケル。

 薄暗い地下道に今一度奏でられる靴音は、余りに鋭く規則的に響く。

「アン?」

 気付けば隣を歩くメティアの袖を摘まんでいた。

 何か不思議な違和感があった。

 イシュケルの言う通り、此処で会合が行われていても何の問題も疑惑もない。

 だがアンは僅かな胸騒ぎを覚えていた。何が彼女を不安にさせるのか?

 見えない(とげ)が心の(ひだ)をチクチクと刺し貫く。

 普段は議会場の隣室で行われている筈の密事。

 既にナフィルの傭兵が反乱を起こしたなどという偽りが流され、革新(リベラル)派の初動が見られたのだから、レインたちが発覚を怖れて活動拠点を変更してもおかしくはない。


< 120 / 217 >

この作品をシェア

pagetop