◇水嶺のフィラメント◇
 しかし、ならばこそ。

 喉が渇いたからと言って、此処に居るはずもないナフィルの近衛隊長を、そう軽々しく使いにやらせるものだろうか?

「レインさまはあちらにおられます」

 これまで通り過ぎた地下牢は全てもぬけの殻で、どの牢獄にも照明は当てられていなかった。

 イシュケルの鼻先が向いた方角から、ようやく仄かに零れる光が見える。

 その一室だけが使われていることの(あかし)だ。

 けれど誰の声も聞こえない。三人の足音を聞き、警戒しているだけだろうか?

 いや、これは──

 ──……アン……?

 ずっと摘ままれていた袖がギュッと握り締める仕草に変わり、メティアはアンの横顔を覗き込んだ。

 視線はまだ先の光に釘付けのまま、唇は(おび)えるように震えている。

 あと数歩、あと三歩、あと一歩で光の先が目に入る──

「レインさま、姫さまをお連れ致しました」

 光る牢獄の正面真中に立ち止まり、イシュケルは真正面にいるだろうレインに深い一礼をする。

「──……!!」

 二人が最後の一歩を踏み締めた。

 メティアは愕然と立ち尽くし、アンは言葉なく床に崩れ落ちる。

 天井からの光が照らし出していたのは、十字架に張りつけられたレインの美しい横顔だった──。







 ◆ ◆ ◆


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