◇水嶺のフィラメント◇

[13]混濁の過去

「パ、ニ……パニぃっ!!」

 みんなの声が、あの柔らかくあどけない少年の名を呼び続けた。

 けれど応えてくれるのは辺りに木霊する自分たちのやまびこだけだ。

 一同は四つん這いになって崖下を覗き込んだが、闇に溶け込んだ谷底からは一筋の光も見出せない。

 やがて叫び声は涙声に変わっていった。

 フォルテはその体勢のまま、自分の両手に顔を覆いかぶせ、幼子のようにわんわんと泣き崩れた。

「ちくしょう……パニの奴、オレより先に逝くなんて!」

 その隣で気だるげに立ち上がったリーフは、拳をきつく握り締めて悔しさを吐き出した。

 全てが一瞬のことのように感じられた。

 トンネルを抜けた途端、突然ナイフを突きつけられ、突如戦いが始まって終わり、そしてターゲットとされたパニの命が奪われた──。

 アン王女でないことが既に知られていたのは理解出来るとしても。

 (なに)(ゆえ)に身代わりであるパニが狙われなければならなかったのか?

 敵はパニを「風の子」と呼んだ──敵は風の民を殺したかったのか?

 いや、ならばリーフも狙われていただろう。

 では風の首長の子供を殺したかったのか?

 敵は──敵とはそもそもヒュードル侯なのか?


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