◇水嶺のフィラメント◇
 しかしアンは切ない眼差しを送り、無言で首を横に振る。

 「自分は大丈夫」だと言うように。「それよりもレインを」と伝えるように。

 その意を汲み取ったメティアは悔しさに歯ぎしりしながら、レインを優しく床に寝かせた。

 まずは頭頂部、側頭部、後頭部を、ゆっくりと指の腹で確かめていく。

 顔の表面から首筋、両肩両腕まで全て外傷は見当たらない。

 そして胸からみぞおちへ。

 すると今まで息をしているのかも分からなかったレインが突然(あえ)いだ。

「レイン!」

 アンとメティアの声が同時に響く。

 二人の想いはレインの意識を覚醒させた。

 数回瞼を震わせたのち、レインはようやくその眼に色彩を映し出した。

「うっ……此、処は……」

「レイン! 無事か!? どこが痛む?」

 徐々に鮮明と化す風景の中心、焦点とされたのは深い「赤」だった。

 メティアの色。赤い巻き毛、赤い唇、更に赤い爪先が心配そうに近付いてくる。

「メティ──? ぼ、くは……だ、いじょうぶ、だ……それより、ア、ンは……!?」

 起き上がろうとして再び痛みに声を荒げる。

 掌が押さえたのは先程苦しみを示したみぞおち近くだ。

 どうやら肋骨を数本折られているようだった。


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