◇水嶺のフィラメント◇
「レイン! あたしは無事よ! ごめんなさい……こんな目に遭わせてしまって……」

 右横からの遠い謝罪に、レインの首が咄嗟に反らされた。

 見えた人物の様子に瞳が最大限見開かれる。

 床に這いつくばる王女と、その身に剣を向ける家臣。

 余りの衝撃に痛みも忘れたのか、弾かれたように身を起こし、レインは鉄格子に両手を絡めた。

「アン──!!」

「さすが幼き頃から姫さまを大切にしていらしたレインさまでございますね、といったところでしょうか」

 剣のターゲットはそのままにして、イシュケルは身体をレインへと向けた。

「やはり……君、だったのか。二度目に店主へ……報告書を届けたのも、君なのだろう? 残り五人の兵士たちには、目隠しと猿轡(さるぐつわ)で気付かれぬようにして……自分も牢獄に囚われているものと、思い、込ませ……五人の偽者と共に、僕にも近付いた」

 途切れ途切れ息を吐き出しながら真相を解き明かしたレインに、イシュケルはただ無言で頷いた。

 六人の兵士たちの顔も声も、うろ覚えである店主であれば(あざむ)くこともたやすいが、レインにすら嘘を信じ込ませることが出来たのはそういうことだ。

 肯定したイシュケルの顔つきには何ものも示されていなかったが、レインとアンには不敵な笑みが隠されているように思えた。


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