◇水嶺のフィラメント◇
「レインさまがこちらへお戻りになられる直前、わたくしも五人の元へ戻ったのです。下僕に手首を縛らせましたが、危うく目隠しと猿轡を忘れるところでした」

「どうして……イシュケル! 一体何の目的があるというの? あたしたちをずっと見守ってきてくれた貴方が、どうしてレインにこんな酷い仕打ちをするの!?」

 アンは頭上のイシュケルを問い詰めながら上半身を立ち上げた。

 だがすぐにその動きは剣先に止められ、それは再び王女の首筋を捉え直した。

 それでも彼女の強い瞳は決して変わらない。

「神に誓って……レインさまに暴力を振るったのも、十字架に張りつけたのもわたくしではございません」

「では、誰が! どうしてレインを!!」

「わたくしは少々レインさまに眠っていただく「処置」をさせていただいたまででございます。それから「(あるじ)」の元へ報告に参りましたが……行き違いになった間に、「主」の家来たちが与えた処罰であるのかも知れませぬな。……姫さま、貴女さまがこうなられましたのは、貴女さまがわたくしを裏切った人物の血を受け継ぐ者であられるからです。そしてレインさまはその者の手助けをしていらしたゆえ」

「う、らぎり……?」

 アンの問いとイシュケルの答えが連なる間に、メティアの肩を借りてレインが牢から脱出した。

 一見したら特に傷などは見当たらないが、その身は力なく息も絶え絶えとしている。

 アンまであと数歩という先でとうとう膝を突き、二人は同じ体勢のままお互いを案じて見詰め合った。


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