◇水嶺のフィラメント◇
「既に二十年余、わたくしはナフィルにこの身を捧げてまいりました。ですが……元はリムナトの兵士──と言われましたなら、貴女さまは信じられますか、姫さま?」

「リムナトの……? イシュケルが、なの?」

「はい」

 即答した家臣の顔を今一度仰ぎ見る。アンには分からなかった。

 この騒動は周囲三国を支配下へ置こうとするヒュードル候の(くわだ)てだったのではなかったのか?

 元リムナト兵であったナフィル近衛隊長を裏切った人物と、その者に協力してきたという我が婚約者、そしてその者の血を引く自分……?

 これら全ては断片ですらここまで目に見えることはなかった。

 それは誰かが嘘をついていたからなのか? それとも誰かが秘密を隠し通してきた?

 相対していたイシュケルはゆっくりと振り返り、その横顔はレインの見上げる視線と繋がった。
 
「レインさま。わたくしは……クレネの父親でございます。と言えば、お分かりになられますね?」

「ク、レネ……さま」

 その説明に、レインの震える身体は縫い留められたかの如く静止した。

 それも数秒、ハッとした面持ちでこめかみに右手を添える。

 手繰(たぐ)り寄せられた古い記憶は、レインに真実を導いたようだった。

「ちがっ、イシュケル! 誤解だ……クレネさまは──!!」

 その時、鋭い銃声が全ての(とき)を一瞬にして止めた──。


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