◇水嶺のフィラメント◇
「スウルムの思い通り姉君は生贄にならずに済んで、やがて婿を取って王妃となった。だからおやじはイシュケルお前をナフィルへ派遣したんだろ? 婿王の右腕にするべく、王妃が弟を呼び戻すのを何としても阻止したかったからだ。後々支配下に置こうと画策している隣国に、優れた人材など一人だって少ない方がいいからな。お前は元々おやじの影の守護兵だ。誰にもその名も顔も知られちゃあいなかった。だがクレネの父親であるお前がナフィルの王家にいては、さすがのスウルムも帰れないものなぁ! そこでスウルムも考えたんだろうよ。姪の婿殿となるレインを取り込んで、お前を上手いこと国外追放し、現ナフィル王の右腕として、いや……王が逝去の後には自分こそが王としてナフィルに返り咲くつもりだったんだ」

「王の右腕……」

 アンはその言葉で、埋もれた記憶をようやく(すく)い上げた。

 父王が病に倒れた際に、たった一度だけ呟いたことがある──「ああ、こんな時にスウルムがいてくれたら」──と!

「イシュケル……信じないでくれ! 全てはネビアの作り話だ……クレネさまは、生きている──ぐふっ」

「レインさま……? 今、何と……!?」

 ようやくネビアに横槍を入れたレインであったが、最も大切な一言を告白したのち、途端に激しく咳き込んでしまった。

 メティアが心配そうにその背をさする。

 とネビアの合図で背後を守っていた陣営が動き、五人の内二人はレインとメティアの喉元に剣を、一人はイシュケルの側頭部に銃を突きつけた。


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