◇水嶺のフィラメント◇
 しかし()き出しの背中越しに首を振り向かせたアンは、

「ネビア、さま」

 恥ずかしそうにその名を呼んだ。

「どうした~? ようやくかしずいて王妃の席を乞う気になったか?」

「一つ……お伝えしたいことが」

「ほぉ、何だ?」

 ネビアは嬉しそうに片手でアンの背中を撫で回し、もう片方を床に着いて、「お伝えしたいこと」を聞いてやろうとアンの唇に耳を寄せた。

「ネビア=ノエ=リムナト、さま……」



『ニテ イ リト ティ トゥウダ』



「……え? あっ……──ぅあっ!?」 

 ネビアの顔面がみるみるうちに蒼褪めてゆく!

 ネビアは自分の首を両手で押さえながらアンの上から転げ落ちた。

 (うめ)き声を上げて(もだ)え苦しむその姿に、上下の家臣たちは驚き狼狽(うろた)え──アンの身体から手を離した。

「アンっ!!」

 メティアは急いで自分の外套(マント)()ぎ取り、アンの元へとダッシュした。

 胸元を隠すように身を丸めて横になるアンを、大きく広げたマントで包み込む。

 しかしその背には先程まで剣を突きつけていた家臣の一人が迫っていた。

「危ない、メティア!」

 レインともアンともつかない声が、メティアを咄嗟に後ろへ振り向かせたが、

「良くも……ネビアさまをっ!!」

 振り上げられた剣がギラリと光り、そして再びの銃声が辺りの空気をつんざいた──。


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