◇水嶺のフィラメント◇
「レインさま……でしたら、何故ナフィルはこのようなことに──」

 それも束の間、フォルテが続けた質問に、今度は心の奥底から嫌な予感も顔を覗かせた。

 これまで両国の関係は良好そのものだったのだ。政府に何か思惑があるにせよ、これほどのリスクを(おか)してまで、不実な印象操作の行われる理由は見つからなかった。

 実際このような不穏(ふおん)なデマが流されても、店主をはじめとするリムナト国民にナフィルへの疑惑は根付かなかった。

 つまり政府の目的が、民衆の洗脳や、それによってナフィルの信頼を失墜させることであったとすれば、今回の虚言は完全な失策であったと言える。

 そのような結果に終わった理由は、それだけナフィルの傭兵が同盟国家に忠実であり、その精神がレインたち政府の一部メンバーによって、常につまびらかにされてきたお陰であった。

 しかし浮かび上がった嫌な予感に、アンは考えを改めざるを得なかった。

 この「タイミング」だ。

 自分すらこんな直近に居ながら性急に対処出来なかったのは、この「タイミング」だったからなのだ。それこそがこの事件の要因であったというのなら──。

 一息を吐き、一息を吸い込んだ、虚空(こくう)の数秒。脳内に組み上がった政府の事情に、それでもアンは表情を変えぬよう努めた。

 されど彼女が寄り添うレインの眼差しは、それに気付いてしまったようだ。


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