◇水嶺のフィラメント◇
 アンは気丈に立ち上がって、レインを運んでもらいたいと皆にお願いをした。

 ナフィルの兵士二人とレインの家臣三人、そしてリーフの計六人で、レインを乗せたマントの端を持ち上げてもらい、あの泉へ向けて出発する。

 地下道をイシュケルに襲われたあの分岐まで登って、もう使われていない食糧庫の並ぶ下り坂へ折り返す。

 やがて数人が見知ったとおりに行き止まりとなったが、先頭のアンが掌を向けると壁が回転し、案の定後ろから男たちのざわめきが聞こえてきた。

 アンとレインが壁の向こうに身を移せば、外界の時は止まってしまう。

 アンは先にメティア・イシュケル・パニを通し、男たちにもレインを一旦地面に降ろして中に入るよう指示をした。

 六人はあちらの世界に移動してひとかたまりとなり、壁の隙間からマントごと少しずつレインを引き寄せた。

 レインの身が半分ほど通ったところで、奥の暗がりが徐々に光を(まと)い始める。

 湖畔の秘密の入り口からメティアと共にやって来た時同様、洞窟はほんのり灯りを燈して「行くべき」方角を示してくれた。

 其処から再びアンが先頭に戻り、レインに負担を掛けぬようゆっくりと歩みを進めていった。

 アンの隣にはメティアが並んでいるが、彼女も何も言葉を発することはない。

 その代わりにアンの左手をギュッと握り締める。それだけでアンは救われていた。

 メティアの掌から伝わる熱は、アンの凍りそうな心を温め、勇気を与えてくれていた。


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