◇水嶺のフィラメント◇
 確かに泉の水を飲んだアンは、既にその帰り道から自力で外界への扉を開くことが出来た。

 翌日フォルテを伴ってレインと再会した際、「おいしいから」とフォルテにも水を勧めたが、彼女が飲んでも何の力も得られなかったのは、きっと王家の一族ではなかったからだ。

 レインが教えてくれた呪文も同様であろう。

 「自分の罪に(あらが)え」という単なる言葉が、アンの口から恐ろしい力を放ったことも、おそらく泉の力が影響しているに違いない。

 そしてアンがこの地に留まり外界の時を止めていたにも関わらず、こうしてスウルムが此処まで辿り着けたことも──まさしく彼が「風を継承する者」だという証拠であった。

「風の渓谷に捧げられる祈祷によって、リムナトとナフィルは生かされている……もしもこの事実が他国へ知られてしまったら……両国は存亡の危機に陥るであろう。我らには秘密を守る義務があった。その為に継承者は幼少からこの地へ赴くのだよ。長きに渡って神の力を泉から得た者は、渓谷に向かう頃には国民の記憶すらも操る力を持つことが出来る。だが私は姉を救いたいが為に、一つの過ちを犯した……それが……今回の顛末だ。イシュケルさま、アンシェルヌよ……誠に申し訳ないことを致しました……」

「スウルム……」

 言葉は徐々に涙に震え、スウルムはイシュケルとその隣に坐すアンに向けて、砂地に(ぬか)ずき謝罪をした。


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