◇水嶺のフィラメント◇
「先程申しましたように、幼き頃からこの地を訪れていれば、民の記憶を操る力を得られていたのです。貴方の中のクレネの記憶も失礼ながら操作するつもりでした。ですがクレネにはその力を育くむ時間がなかった……補佐役である私の力だけでは、私たちの記憶を完全には消しきれず、クレネはやむなく貴方に置き手紙を残しました。されど貴方にそれを受け取った様子が見られないのですから……おそらく貴方を利用したヒュードル候によって処分されてしまったのでしょう」
「何ということを……」
イシュケルは主の余りの非情さに、言葉半ばにして口を閉ざした。
「渓谷の場所が探られないよう、両王家には一切の文献は残されておりません。しかしかつて王女が生贄として捧げられたくだりが、僅かな伝説として独り歩きしてしまっている。それらを野放しにしてしまった私の浅はかさが……貴方を長年苦しませる要因になってしまった……そして、レインまでもが……──」
スウルムとイシュケルの切ない眼差しがアンの胸に突き刺さる。
何処から歴史の針路は曲げられてしまったのだろうか?
どの分かれ道を間違ってしまったというのか?
いや、誰も何も間違ってなどいなかったのかも知れないし、初めから全て間違っていたのかも知れない……アンには分からなくなっていた。
何処で何を選んでいたら、レインはこんなことにならずに済んだのだろう?
「何ということを……」
イシュケルは主の余りの非情さに、言葉半ばにして口を閉ざした。
「渓谷の場所が探られないよう、両王家には一切の文献は残されておりません。しかしかつて王女が生贄として捧げられたくだりが、僅かな伝説として独り歩きしてしまっている。それらを野放しにしてしまった私の浅はかさが……貴方を長年苦しませる要因になってしまった……そして、レインまでもが……──」
スウルムとイシュケルの切ない眼差しがアンの胸に突き刺さる。
何処から歴史の針路は曲げられてしまったのだろうか?
どの分かれ道を間違ってしまったというのか?
いや、誰も何も間違ってなどいなかったのかも知れないし、初めから全て間違っていたのかも知れない……アンには分からなくなっていた。
何処で何を選んでいたら、レインはこんなことにならずに済んだのだろう?