◇水嶺のフィラメント◇
「姫さま……レインさまをあのような目に遭わせてしまったのはわたくしです。どうかこのイシュケルを、断罪に処してくださいませ」

「……」

 スウルムと同じく額を砂に押し当てたイシュケルの背を見て、アンはひとたび唇を真一文字に引き結んだ。

 レインは──このような終焉を与えられたレインは── 一瞬でも彼を憎んだだろうか? 恨んだだろうか?

 肩越しに首を反らし、泉の真中へ振り向いてみる。

 風もないのにゆっくりと揺らぐ水面は、まるで小さな魚たちが遊んでいるかのようにキラキラと輝いていた。

 あの下に眠るレインが悔恨を胸に(いだ)いて横たわっているとは、アンには到底思えなかった。

 レインは──全てを受け入れた上であの場所を選んだのだ。

「いいえ……貴方に罪はありません」

 顔を戻し、依然低頭するイシュケルの肩に触れる。

「姫さま!」

「貴方はご息女の無事を確かめたかっただけ……例えレインを眠らせたのだとしても、貴方はその後も彼に危害を与えることはなかったでしょう。彼を死に至らしめたのはネビアです。貴方は……彼らと共に投獄され、レインによって救われた……それだけです」

 少し離れて話を聴く兵士たちを一瞥して、アンは再びイシュケルに相対した。

「いや、しかし……!」

「レインは「これまで通り、これからも姫君を頼みます」と言ったでしょ? あたしからもお願いするわ」

「ひ、め……」

 触れた肩の手に力を込めて微笑む。


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