◇水嶺のフィラメント◇
「ずっと昔に忘れ去られた語源だ……この湖水地方はかつて「リムネー」と呼ばれ、それは『湖』を意味していた。対して今ナフィルが有する地域は『河』を意味する「ナハル」と呼ばれていた。ナフィルとは『砂』を意味してなどいなかったのだよ。この天上に水を湛える湖から悠々と流れる河を(とうと)んでつけられた名であったのだ」

「ナフィルが……河を?」

 スウルムの説明は、アンにレインとの最後の時間を思い出させてくれた。



『いいね? 僕はずっと君の傍にいる。それをどうか忘れないで。ナフィルの民の──「砂の民」のためにも、今は国王代理として国を支えることを優先するんだよ』


 ──レインが敢えて「砂の民」と言ったのは、ナフィルが「砂の国」ではないのだと伝えたかったからかも知れない。



 驚く皆の顔をぐるりと見回したのち、スウルムはアンに向けて話を続けた。

「湖から派生したリムナトには、水にちなんだ名の民が多い。レインという名も遠き国の『雨』を意味していたのは知っているね? では、アンシェルヌ。君の名にはどんな語源があるのか知っているかい?」

「私の名前に? 母がつけてくれたことだけは存じていますが……」

 突如自分の名に話を変えられて、アンは戸惑いと共に想いを巡らせた。

 此処へ来るまでの道中にメティアにも訊かれた質問だが、今まで自身の名に意味があるなど考えたこともなかったのだ。


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