◇水嶺のフィラメント◇
「別れ際に姉が教えてくれたのだよ。もし娘が生まれたら、アンシェルヌと名付けるだろうと。語源は「エシェルニュー」……『傘』を意味する異国の言葉だと」

「エシェルニュー……か、さ……?」

 レインの『雨』と、アンの『傘』。

 明らかにレインの名と(つい)になる名前であることだけには気付かされるが。

 傘とは雨を「遮る」ものではないのだろうか?

 そうではないとしたら一体何を想って捧げられた名であるのか?

 アンにはすぐには分からなかった。

「気が付かないかい? 『傘』は「雨に守られる者」だ。そして「恵みの雨を受けとめる者」。姉は娘にレインと共にあってほしいと願っていた。そしてレインもその気持ちに気付いていたのかも知れないね。彼は一途に君を「守り」続けた」

 先刻耐え忍んだ涙が、途端ぽろぽろと零れ落ちていった。

 アンの頬をかつてナハルを潤した河の如く流れゆく。

 母の祈りもレインの愛も、余りに大き過ぎて、アンという傘からは溢れてしまいそうだった。

 そして──



 ──あたしはレインの想いを今までどれだけ「受けとめ」られていたのだろうか?


 ……いえ、もしかしたら──


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