◇水嶺のフィラメント◇
 「風の民」は国を持たない。風のように自由気ままに旅を続ける流浪(るろう)の民だ。

 大方(おおかた)はルーポワ~フランベルジェ~ナフィル三国の外周をグルリと巡っているが、時にはかなりの遠方まで出向くこともあるという。反面、物資の補給や資金調達のため、三国を越境することもあった。

 風の民は誰もが一芸に秀で、その技を披露することで毎日の(かて)を稼いでいる。しかしアンは噂には聞いていても、実際その目で見たことはなかった。風の民がナフィル国内を通り過ぎたのはもう随分昔のことだ。それに──

「アン、君は心配しなくていい。パニは首長(リーダー)の子供だから。風の中で生まれ、風の子として育った」

「あっ……あの、ごめんなさい……」

 レインに見抜かれてしまった不安げな表情を、アンは咄嗟に俯かせてしまった。

 風の民の大半は諸国からの寄せ集めと言われている。

 その多くが幼少期に家族から虐待を受けてきた者、貧しさゆえに身を売られ、奴隷のように重労働を強いられていた者、娼婦として従事させられていた者など、世間から(しいた)げられてきた弱者だという噂であった。

 自分の眼差しはそうした身の上に、同情や(あわれ)みの色を見せてしまっただろうか? アンは自問自答したが分からなかった。そんな自分に酷く動揺した。

「アンさま、どうかお気になさらないでください。貴女さまはお優しいのです。「もし辛い経験をした結果、この子が風の民になったのなら」と、わたくしの悲しみに寄り添おうとしてくださった」

「い、いえ……」


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