◇水嶺のフィラメント◇
 イシュケルとは、父王の即位と同時に召し抱えられた古参の兵士だ。昔から生真面目で口数は少ないが、王家に対する忠実な姿勢から人望は非常に厚い。

 隊長に任命されたのはアンが生まれた時分であったというから、異例のスピード出世であろう。それから二十年、その信念は変わることなくナフィルに人生を捧げてきた。

「確かにイシュケルでしたら……でも見届け人とは?」

 これまでの彼の功績を振り返りながら、アンは二つ目の疑問を口にした。

「僕を含めた保守派のメンバーは、これから叔父たちリベラル派と対峙しなくちゃいけない。だけど(こと)はリムナトに留まらず、国境を重ねる三国にも関わることだからね。もちろんルーポワとフランベルジェからも見届け人を募る予定だよ。君なら「自分が」って申し出るところだろうけど、残念ながら君は、その……僕にとっては「アキレス腱」でもある訳だから。悔しいとは思うけれど、今は自国へ戻って辛抱してほしい」

「は、はい……」

 アキレス腱という(たと)えに彼の(いだ)く決意の強さを、言い淀んだ一瞬に贖罪(しょくざい)の深さを感じた。


< 30 / 217 >

この作品をシェア

pagetop