◇水嶺のフィラメント◇
「いいね? 僕はずっと君の傍にいる。それをどうか忘れないで。ナフィルの民の──「砂の民」のためにも、今は国王代理として国を支えることを優先するんだよ」

 ──レイン……?

 ナフィルの民をわざわざ「砂の民」と言い直したことに違和感を覚えた。

 アンは疑問を口にしようとしたが、再びのキスで遮られてしまった。

「──はい」

 やがて自由にされた唇で、力強く応えてみせる。

 あたかも敵陣に乗り込まんという恋人に、これ以上不安な姿など見せたくはなかった。

 きっと次に会う時は共に笑顔で。一点の曇りもなく、清廉(せいれん)として。

 その「次」がいつになるかは分からずとも──。

「レイン、本当にありがとう。どうか無理はしないで……あの……愛しています」

「僕もだよ、アン。ずっと愛してる」

 最後に二人は愛を誓った。

 薄暗がりの屋根裏部屋にひらり、(つや)やかなブロンドとベージュのマントが(ひるがえ)って、涼やかな微笑みは一瞬の内に闇へと消えた。


< 36 / 217 >

この作品をシェア

pagetop