◇水嶺のフィラメント◇
「姫さま、そのようなことはっ」

「此処は王宮じゃないのよ、これくらい自由にさせてちょうだい。さ、フォルテ、冷めないうちに戴きましょう。フォルテが嫌だと言うなら、あたしもハンストするわよ?」

「姫さま!?」

 レインのように元気な目配せをして、アンは自分の席に着いた。

 フォルテもとうとう観念したらしく遠慮がちに続いたが、姫自ら小皿に取り分ける姿にあたふたと立ち上がってしまう。

 慣れない状況に取り乱すフォルテはいつになく愛らしい。アンは(こら)えきれず笑い声を上げた。

 その声に点火されたように、フォルテも口元を隠して笑みを(こぼ)した。

 不安に押しつぶされそうな今など忘れてしまえばいい。手に入れるべきは輝かしい未来だ。

 そのためにも──今必要なのは「エネルギー」と「休息」である。真夜中の脱出に備えて英気を養わねばならない。

「フォルテ、貴女にも苦労を掛けるわね。食後は夜まで自由にしてちょうだい。……一緒に帰ることは出来ないけれど、必ず無事に戻ること。いいわね?」

「姫さま……」

 折角笑顔を取り戻した矢先だというのに、フォルテはその言葉を引き金に、(くわ)えていたパンをそっと離してしまった。

 表情は刹那にメソメソとするが、それでも今は泣いている場合ではないと彼女も分かっているのだろう。グッと我慢するように口元を引き締める。

 両手で包み込んだパンを見下ろし、フォルテはやっと唇を動かしたが、それは既に涙声だった。


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