◇水嶺のフィラメント◇
「お役に立てるとは思いませんが、お傍に()いていられぬことだけが悔やまれます。わたくしめがパニの衣装合わせをしている間に決めてしまわれますなんて……レインさまも意地悪でございますわ」

 こうなることが分かっていたからこそ、レインもフォルテを遠ざけたのだろう。

 アンは目の前の彼女に気付かれぬよう失笑し、フォルテの偽りない愛情に心から感謝をした。

「ありがとう、フォルテ。でもパニがあたしに扮している限り、貴女が傍に居ないのは不自然でしょうし……そちらのグループの方がよっぽど危険でしょうから、本当に気を付けてちょうだいね」

「い、いえ……もったいないお言葉でございます! パニは姫さまのお衣装を着用致しますが、その上にこの国では一般的な外套(マント)(まと)う予定でございます。わたくしめたちもそのような上着で身を隠しますから、当面ナフィルの者とは気付かれないでしょう。人数分のマントは目下(もっか)店主が掻き集めてくれております。姫さまにもお召しいただかなくてはならないのは、大変心苦しいのでございますが……」

「フォルテ、あんまりあたしに気を遣っていると、出発前に疲れちゃうわよ? レインだってなかなか似合ってたじゃない。あたしも結構悪くないと思うのだけど?」

「まぁっ、姫さまったら!」

 慰める対象が存在するというのも、時には良いことなのかも知れない。アンはふとそんなことを思った。

 彼女を「元気づけなければ」という想いは、自己にある恐怖を一瞬忘れさせてくれる。そして自身を鼓舞するキッカケにもなるからだ。


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