◇水嶺のフィラメント◇
 と同時にそんな対象にされたフォルテにも、思いがけず不安を忘れる良いキッカケとなったらしい。

 アンの王女らしくない物言いに神妙な(おもて)を一変させたのは、途端に「日常」を取り戻せたからだ。

 礼節を教えてきた侍女としての使命が、アンの口調を(とが)めようと唇を大きく開かせる──も、アンは制するようにフォルテの面前に掌を広げた。

「ご心配なく、これからも言葉遣いには気を付けます。だから、ね、食事を続けましょ。久し振りに屋外へ出る上に、険しい峠越えが待っているのだから。特にルーポワ側の山道はとても狭くて危険だというわ……お願いだから気を付けてね。今後のあたしの世話を焼くためにも」

 思いやり深いアンの言葉に、フォルテは真一文字に唇を引き結んだ。やがて──

「……はい、姫さま。姫さまがお嫌だと申されましても、フォルテは死ぬまで姫さまのお傍を離れません!」

「そうこなくっちゃ!」

「まぁっ、姫さまったら!!」

 久方振りに活気のある食卓が、二人の食欲を刺激した。


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