◇水嶺のフィラメント◇
「副首長さんですね? ナフィル国王代理アンシェルヌ=レーゲン=ナフィルと申します。この度は──」

「お姫サマのお耳は飾り物なのぉ? あたいはレインに頼まれただけだから。自己紹介もお礼もどうぞお気になさらず! で? お姫サマとあたいの愛しい愛しいレインさま~は、一体ドコへ行っちゃったワケ!?」

 メーはこめかみに手を(かざ)し、レインを探すようにキョロキョロと首を振る。

 薄暗くとも明らかに見通しの利く狭い屋根裏部屋だ。彼が既に居ないことは、到着したばかりのメーでもとっくに気付いている。

 重ねるように「お姫サマがこんな所で良く耐えてるわね」と店主にあからさまな嫌味を投げ、王女の手前怒りを抑え込んだその顔をケラケラと笑ってみせた。

 アンはその様子を見て、店主に(いとま)を与えた。

 手狭な空間に残されたのは、緊張の面持ちで床から見上げるパニと、その腕に抱えられたまま気を失っているフォルテ、何事かと駆けつけた侍従二人には下がってもらったので、あとは至近で向かい合うメーとアンの二人だけだ。

「レインは内密に王宮へ戻りました。今頃は政府の同志たちと、ヒュードル侯の動勢を探っている筈です。此処にはもう戻ることはないでしょう」

「あらん」

 淡々と質問に答え、感情を見せないアンに、メーは露骨に不機嫌そうな顔色を見せた。


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