◇水嶺のフィラメント◇
「信じてるって? 何を?」

「レインをです」

 そう断言したアンの面差しには、レインに対して一切疑いの色は有り得なかった。

 揺るぎのない凛とした言動に、背もたれにしなだれたメーの眉尻がピクンと上がる。

「んじゃあ~あたいがウソついてるとでも言うのかい!?」

「メーさんにはそうせざるを得ない理由がおありなのでしょう? もしその原因がレインやあたしにあるのでしたら、心からお詫び申し上げます」

「はぁ~……」

 ここまで大きな爆弾を投げつけられても、怒りも嫉妬も涙も見せなかったアンに、メーはとうとう溜息ともつかない空気を吐き出した。

「だから言ったのに……メーの負けだよ。お詫び申し上げるのはメーの方だよ!」

「メーさんがお詫びを、ですか?」

 パニはフォルテをもう一脚の椅子に座らせ、悪びれもしないメーを一喝した。

 が、メーはアンの疑問に真っ赤な唇を歪ませて、プイっとそっぽを向いてしまう。

「アンさまの仰る通り、メーがレインさまの愛人だなんて、まるっきりの大嘘だからでございます」

「ああ!? コラッ!! あんだけ黙ってろって言ったのに!!」

 倍の勢いで返ってきたメーの形相は、眉尻どころか目くじらまで立てられていた。反面アンの表情には、驚きと一緒に柔らかみが戻されたようだ。

 どんなに信じていると宣誓したところで、誰かの口から真相が聞かされねば、真の心の平穏など訪れないのが人というものである。


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