◇水嶺のフィラメント◇
「アンさま!!」

「姫さま!?」

 パニとフォルテの大声が響いても、アンはその姿勢を戻さなかった。

 そのままどれくらい音のない時間が流れたことだろう?

 やがて諦めるように腕組みを(ほど)いたメーは、右手を伸ばしてアンの(おとがい)をクイっと持ち上げた。

「……メーさん?」

 腰を曲げたまま顔だけを前方に向けるのは、なかなか苦しいものがある。

 アンは震え出しそうな身体に力を込めて、何とかメーの名前を呼んだ。

 呼ばれたメーの方はと言えば、口元をヘの字に曲げたまま無言でアンを凝視していた。

 そんな静寂が瞬く間に弾ける。メーはプッと吹き出して、両方の口角を一気に上げた。

「あんた、結構イイ度胸してるじゃないか。さすが一国を預かるお姫サマだ。……オーケー、許す! 「あたいのレイン」をあんたにあげるよ」

「メーさん……」

 初めて見せる悪意のない微笑みに、アンも屈託のない笑顔を返した。支えていた指が放されたので、ふぅと一息を吐き上半身を上げる。

 同時にメーも椅子から立ち上がった。再びアンは、彼女の妖しい瞳をやや見上げる格好となった。


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