◇水嶺のフィラメント◇
「承知致しました。でしたら姫さまは、この金貨で買えるだけのパンをお召し上がりになりますよう! 宜しいですね!?」

「え?」

 金貨五枚分のパンだなんて、何十人でも食べきれないほどの数となるに違いない。

 日光に晒されることのない狭い部屋に丸三日。

 気力も食欲も失いかけている若き姫君を、励ましたい一心で放ったフォルテの(たわぶ)れだった。

「……分かったわよ、フォルテ。たーんと貰っていらっしゃい!」

 その溢れる愛情に、アンシェルヌも語気の強さと笑顔で応えた。

 フォルテは満足げに一礼をし、弾かれたように扉を開く。

 廊下でウトウトと舟を漕いでいた侍従の二人は、驚きを隠せぬままあたふたと立ち上がった。

 居眠りを(あるじ)に目撃されてしまったのだから、バツが悪そうなのは仕方あるまい。

「貴方たちはまだ休んでいてちょうだい。フォルテが大量のパンを運ぶまではね」

 おどけたついでに投げた絶品ウィンクは、彼らに安堵を与えたようだ。

 微笑みを湛えた敬礼に見送られて、姫は再び室内に閉じ込められた。


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