◇水嶺のフィラメント◇
 ──さて……このまま状況が変わらないとすれば、今夜にも動かないといけないわね。

 独りにされた空間で、アンシェルヌはこれまでに起きたことを反芻(はんすう)した。

 そしてこの「水の都」と呼ばれし天より祝福を受けた地リムナトと、我が国ナフィルとの繋がりを。

 天より祝福を受けた──リムナトが何故そう称されるかは、屋外へ出れば直ちに察しのつく事実だ。

 北から吹きすさぶ寒波も南から襲いくる熱波も、この国を守るようにグルリと囲う高い峰が寄せつけることはない。

 西の山脈を(えぐ)るように落ち窪んだ谷からは、温かな風と共に慈雨が降り注ぎ、沢山の作物を(みの)らせている。

 国の東には広大な湖が広がり、美しい森と其処に棲む動物たちを(すこ)やかに(はぐく)んでいる。

 対してアンシェルヌの母国ナフィルは──。

 東から吹く乾燥した風は、国土に砂をばら撒くだけだ。

 西に位置するリムナトを通過した空気も、既に水気を残していない。

 リムナトと違って北と南に防風壁となる山はなく、冬には極寒に、夏には酷暑に耐え忍ばねばならない。

 そんな不毛な土地で唯一金目になりそうな物は、領土の大半を埋め尽くす岩の大地しかなかった。

 そのため(いにしえ)よりナフィルの男たちは岩山を掘削(くっさく)した。

 時には地下をも掘り起こし、切り出し、磨き、硬い岩盤を精錬された資源に変えた。

 ナフィルの石材は色柄も多彩で、美しく頑丈だ。

 それらを売ること、その過程によって鍛え上げられた男たちの労働力こそが、ナフィルにとって貴重な国益を生む源となった。


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