◇水嶺のフィラメント◇
 それはアンが三歳の誕生日を迎え、レインはまもなく五歳という頃であったと思われる。

 アンは宮殿の広大な庭園で、まだ十代半ばのフォルテと遊んでいた。

 暖かな陽射しが園内に降り注ぎ、周期的に地面に撒き散らされる水は、陽光に照らされてキラキラと輝いていた。

 時折小さな虹も現れて、幼いアンは興奮気味に駆け回った。

 お陰で喉がカラカラに渇いてしまい、「此処を離れないでくださいね」とフォルテにたしなめられて、飲み物を持ってきてもらうまで大人しく待っていた──そんな数分のことだった。

 芝生にちょこんと座り込んだアンを、大きな大きな影が覆ったのだ。

 驚いたアンはその(ぬし)を見上げたが、今でも顔は思い出せない。

 強い日光の所為で、影はとても濃い暗がりだった。けれど不思議と恐怖は感じなかった。

 見えない何か、惹きつける何かを、子供心にアンは感じたのだった。

『おいで、アンシェルヌ。君にステキな友達を紹介しよう』

 顔を上げたまま固まっていたアンに、腰を屈めた影はそう言って手を差し伸べた。

 その時呼ばれた自分の名に、どうしてあれほど心震わされたのか?

 そして「友達」という魅力的な言葉に、アンは自然と小さな手を差し出していた。

 柔らかく握り締めた大きな掌は、父王のような厚みと温かみがあった。


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