◇水嶺のフィラメント◇
 隣国リムナトは穏やかな気候と肥沃な地ゆえに、他国からの侵攻も頻発している。

 そのためナフィルは強固な石巌(せきがん)と国民の人力を提供する代わりに、リムナトから安全で安定した水の供給を得てきたのだ。

 つまりリムナトの鉄壁な城塞とそれを守る傭兵の殆どは、ナフィルによって(まかな)われ、一方リムナト東部の湖より地下パイプからもたらされる清らかな水によって、ナフィルの民は生かされている。

 生かされているのも同然、であった筈だというのに──

 ──我が民がそんなことをするなんて……違う、あたしは絶対に信じない。

 アンシェルヌは両手で顔を覆い、瞳を閉じた。







 「事件」が起きたのは四日前のことだった。

 アンシェルヌの一行はリムナトの北、一山向こうの小国ルーポワに、木材輸入に対する輸送費軽減の交渉に出掛けていた。

 ルーポワは「森の都」と呼ばれ、対して「砂の都」と呼ばれる荒野の如きナフィルには欠かせぬ建材や燃材も多い。

 リムナトにも同種の木材はあるが、ルーポワの北から吹く冷たい風が、組織を堅強に引き締めてくれるのだろう。

 砂塵に耐えうる材質の良さには昔から定評があった。

 但しリムナトを(また)いでの交易には費用がかさむため、以前から輸送に関する減額修正への要求は続けられていた。

 父王の代としては、既に三度目の訪問となる。

 が、これこそまさしく三度目の正直であった。

 ようやく良い感触を得た一団が、意気揚々と帰国の途に着こうという矢先、その事件は起きたのだった。


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