◇水嶺のフィラメント◇
『泣かないで、キミ。迷子になっちゃったの?』

 格子まで走り寄ったレインは、優しい声で問い掛けた。途端アンは泣くのをやめ、涙で曇った両目を上げたが、レインの姿がハッキリと見えたことは今でも良く(おぼ)えている。

 サラサラと流れる淡い金色の髪、泉と同じ碧い瞳。

 どちらもナフィルの民にはない色彩だが、フォルテの母が読み聞かせてくれる絵本の天使に良く似ていた。

 水面(みなも)の吸い込んだ光に照らされたレインを、アンは天使さまなのだと思い込んだ。

『てんちしゃま、あたち、おうちにかえりたいの。あたちのおうちは、どっちでしゅか?』

 涙で震える声で何とか問い返すアン。

三歳の子供には大き過ぎるグラスを抱き締めたまま、アンはどうにか立ち上がった。

『ボクは天使なんかじゃないよ。ボクの名前はレイン。キミは?』

 その時のレインは少し驚いて、少し嬉しそうに微笑んだ。

 天使に間違われたことが心地良かったのかも知れない。


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