クールな御曹司は離縁したい新妻を溺愛して離さない
翌日買ったばかりの服を着て駅へ向かった。
由梨子に見られずに家を出られたので冷やかされず済んでホッとしている。

駅に行くと既に彼は改札の近くで立っていた。
私服姿を初めて見た。
白いTシャツの上に黒のジャケットを羽織り、パンツも黒。足元だけはラフなもので合わせていた。いつもの髪型とは違い固めていないからかどこか幼さも感じる。
完璧だ……。

この人のそばには寄れないオーラがある。
隣に並ぶ資格がないと怖気付いた私は後ずさりしてしまいそうになるが彼に見つかってしまった。
彼は片手を上げ合図を送ってきた。
すると彼を見つめていた人たちからの視線が一気に私に集まるのを感じる。

私は帰るわけにも行かず、俯き気味に彼のそばまで歩みを進めた。

「お、お待たせしました」

「いや、待ってない。むしろ時間より早い」

確かにまだ10分前。
でも多岐川さんは私が着く前から来ていたから、と思って言ったことなのに。

「今日は色々動きたいから車を置いてきたんだが歩きでもいいか? 疲れたらタクシーで移動しよう」

「え? もったいない。全然歩けます。むしろ一日中立ち仕事なので余裕です」

私はそう言うと改札を通った。
彼もその後についてきて私の隣に並んだ。
まずはお昼にしようと都内へ向かうが火曜日なのにまずまずの混雑で座れない。
ドアのそばに立つが彼は私の正面に立ちすみに追いやられている。
揺れるたび私の手を押さえてくれ、そんなことをされるたび私の胸はドキドキしてしまう。
多岐川さんの破壊力の強さに周りからの視線はあいかわらず集まっているのを感じる。そしてその彼の正面にいる私にも自ずと視線が集まる。そして微妙な空気を感じる。
彼の恋人や奥さんになる人はこれに耐えられる人でなければ無理だろう。よほど自分に自信がないと周囲の視線に耐えられないだろう。私だって契約がなければ絶対に無理だ。
電車に揺られながらそんなことを考え俯いていると頭上から声がかかった。

「大丈夫か? 調子が悪いのか?」

ガバッと頭を上げると、彼はかがんで声をかけてくれていたようで一気に距離が近くなった。

「うわぁ。だ、大丈夫」

私は顔が熱くなるのを感じ、また視線を彷徨わせた。

駅に到着すると人混みをかき分け、彼にまたこじんまりしたお店へと案内された。
そういえば昨日のお店のパスタ、絶品だったなと思い出していると彼は珍しくにっこりと笑い、「今日の店も美味しいよ」とまるで心の中を読まれたようだった。

到着したのは真っ白なお店で看板らしきものは見当たらない。
でも彼は気にすることなく入って行ってしまった。私は後をついてお店へ入るとスーツを着たウェイターが立っていたことに驚いた。

「いらっしゃいませ」

私たちは窓辺に案内されると都会とは思えないような緑が見え心が休まる。

「ここもなんでも美味しいがブルーチーズの入ったオムレツはおすすめだな。チキンの香草焼きやハンバーグも。シーフードマリネは帆立が入ってて俺は欠かさず頼む」

「どのお店もよく知ってるんですね」

きっと歴代彼女を連れて色々なお店を回ったのだろう。昨日も今日も女性の好きそうなお店のチョイスだ。でもそれを責めるような立場にはない。

「食べ歩きが趣味だと言わなかったか?」

そういえば昨日言っていたかもしれない。
でも誰ととは言っていない。
多岐川さんのような人がひとりで行くとは思えない。

「そういえばおっしゃってましたね」

「ひとりでだ」

「え?」

「これは趣味だからひとりでネットで調べたところに行っていた」

「まさか」

私の驚いた様子に苦笑いを浮かべながら多岐川さんは説明してくれた。

「俺は……まあ、年齢相応に遊んでは来たが昼間会うと期待させるだろう。だから女性と昼間会うことはしてこなかった」

と言うことは夜だけの関係ってこと?
確かにこんな素敵な人なら夜だけの関係でも喜ぶ人はいるのかもしれないが私とはやっぱり考え方も価値観も違いそう。
やっていけるのかな。

私はため息が漏れ出てしまった。

「君と結婚したら遊びはやめるよ。浮気だと噂を立てられたら困る。君も慎んで欲しい」

「私はそんなことしません!」

「ならいい」

ちょうど料理が運ばれてきて助かった。
あまり良い話題ではなかったのでもうこの話を終わらせたかった。

料理はどれも本当に美味しくてお腹がいっぱいになった。
多岐川さんはいつものようにブラックカードでお支払いを済ませると歩き出した。
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