君との恋の物語-mutual affection-
弱点
結や、両親とも話し合った結果、俺はアメリカのジュリアーノに留学先を絞って受験準備に入った。

安藤先生の紹介で、ドラムのレッスンも受けた。

プロの吹奏楽団に所属する方で、西上先生という方だ。

まだお若く、吹奏楽団にも前回のオーディションで入ったばかりだという。

強面だが気さくな方で、楽器についてもとても詳しかった。

「吹奏楽でのドラムは、マイクを使った現場とは全然別物だと思った方がいい。」

なるほど。

「まず音量は小さいし、指揮者がいるので、基本的には誰かに合わせるより指揮に合わせた方がいい。これは、わかるよね?」

『はい。』

「OKだったら次のステップだ。吹奏楽でドラムを叩く時の基準は、木管楽器の音量に合わせて決めるといい。何故かわかる?」

『金管よりも音量が出にくいからですか?』

「そう。吹奏楽は音量勝負ではないので、バランスよく聴かせようと思ったら、君自身が木管が聞こえる音量で叩けば、客席でもちゃんと聞こえてるはずなんだ。」

『はい。』

理屈はわかる。でもそれは…

「かなり難しい。だから、今日のレッスンでやる課題は、全て最小の音量で叩くこと。これができれば、大きくするのは簡単だから。まずはこれ。初見でどこまでいけるかな?」

む。これは…かなり難しい…



初回のレッスンで、かなり弱点を突かれた。

「ずばり、初見に弱いね。でも、演奏の感じからして、アンプは早いだろう?」

『え?あぁ、はい。早い方だと思います。』

何故わかったのだろうか?

「初見に弱いのは、楽譜の一部にフォーカスして見ているからなんだよ。もちろんそれ自体が悪いわけではないけど、初見でやる時はまず全体を見る。」

『はい』

理屈ではそうだよな。

「その後、難しいところを見つけてよく見る。」

『はい』

「樋口君の場合、難しいところを見るのはよくできている。」

『そうですか?』

「うん。今日の課題の中でも、普通は一番引っ掛かるところはほぼクリアできていた。」

難しい箇所程間違えたくないからですね。

「ということは、見る順番を変えれば少しは改善できるはずだよ。」

確かに、そうかもしれない…。

「君は、暗譜するときは、楽譜を1枚の絵として覚えるタイプだと思う。」

確かに。そう意識している。

「その暗譜方法は大正解だ。でも初見では使いにくいやり方だよ。」

「次回のレッスンでも初見をやるから、今言ったようにまず全体を見る癖をつけておいで。」

『はい。わかりました。』

えっと、技術的なところは?

「技術的なところはそんなに問題ない。初見能力がついてきたら、具体的に教えていくよ。」

心を読まれた?まさか。

「僕は読心術が得意なんだ。嘘だけど。」

『…』

いや、嘘ではないだろう…。



『ありがとうございました。』

俺は、丁寧に頭を下げて先生のご自宅を後にした。

面白い。

このレッスンはかなり面白い。

そして興味深い。

留学云々は別にしても、素晴らしい先生に出会えたと思う。

これは俄然、やる気が出てきた。

よし、帰ったら早速復習しよう。

楽しくなってきた!


西上先生との出会いはとても貴重なものとなり、その後の俺の人生に大きな影響を与えることになった。

日本にこんなにすごい人がいたなんて。

最高だ。

埼玉にある先生のご自宅から学校までは約2時間。

ならば学校に戻るよりは地元の駅で降りてスタジオに入ろう。

電車に乗る前にスタジオの予約を取り、2時間みっちり練習した。

電車の中でネット上に上がっている楽譜を片っ端から保存して、文字通りの初見大会だ。

この練習は、俺の弱点を浮き彫りにすると同時に、夢中にさせてくれた。

2時間では、用意した楽譜は全て練習できなかったが、続きは明日学校でやることにした。

良い1日だった。これからは、今まで以上に1日1日を大事にやっていこう。





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