優しい嘘
朝の光
父親が再婚して、同い年の弟ができたのは十八歳のときだった。俺ももう写真の専門学校への進学が決まっていたし、弟、咲久も就職先が決まっていた。
第一印象は小さい。俺は身長が一七五センチで、学校でも比較的大きい方だったと思う。でも咲久は一六〇センチで、並ぶとやはり小さく思えた。
だけど、はきはきとした性格で、家族になってからは父親にも意見を言う場面をよく見た。父親と俺は性格がよく似ていて、基本的にのんびりと言うか、穏やかと言うか、な性格。咲久のお母さん、俺にとっては新しくできた母親ものんびりとした性格のようなので、家に咲久がいるのといないのとでは、空気が全然違うものになっていたと思う。
「光輝、今日何食べたい?」
「え?咲久が作ってくれるの?」
「お前作る?」
「いや、咲久が作った方が絶対おいしいから咲久に作ってほしい」
「そうだよな。光輝が作ったら台所が大惨事になりそう」
「失礼な。俺も料理できるんだよ」
「じゃあ作れよ」
「やだ」
朝食を食べながらの会話。咲久と俺の会話を両親はにこにこと聞いている。
両親は今日、二回目の結婚記念日デートだ。
普段の食事は母親が作ってくれるので、咲久と俺は各自帰宅時にコンビニかどこかで買って帰るものだと思っていた。でも、咲久が作ってくれるらしい。
「俺は七時くらいに帰るけど、バイトは?」
「あー、片付けあるけど九時前には帰れると思う」
「了解」
何作るかなー、と考え始めた咲久は面倒見のいい性格なんだと思う。俺は四月生まれで咲久は十月生まれだから戸籍上は俺が兄、咲久が弟なわけだけれど、絶対的に咲久の方がしっかりしていた。
「結婚してよかった」
父親がのんびりとした口調で話し始める。
「二年前、確かに咲久も光輝ももう十八歳で、自分自身というものをしっかりもっていたけれど、父さんと母さんの結婚が二人の人生にどう影響するかわからなかったから、少し怖くもあった。でもこうやって、家族で仲良く過ごせて、幸せだなって思う」
そんな父親を母親も幸せそうに見つめている。研究学者の父親と、医療事務の仕事をしている母親。咲久と俺をここまで育ててくれたことに感謝しているし、今まで苦労した分、二人で幸せに過ごしてほしいなと思う。
「俺たちが家出るみたいな言い方だけど、光輝も俺もまだしばらくはお世話になるから。な、光輝」
「そうだね。しばらくは」
「どっちが先に家出ちゃうのかしら。寂しいわ」
「気が早いよ」
母親の言葉に笑いながら、咲久はごちそうさまでした、と両手を合わせる。
「行ってきます」
高卒で社会人になった咲久は、きっと、俺よりも何倍も人生経験が豊富で、人と共存する術もたくさん持っているのだろう。でもそれは、咲久がこれまで生きてきた二十年間で培ってきたものであり、咲久自身の努力の結果でもあると思う。両親は俺たちのことを比べたりなんてしないけれど、勉強になると思うこともあるし、見習いたいと思うことだってたくさんある。そんな存在が身近にいる俺は、たぶん幸せ者だ。
色素の薄い咲久の髪が朝の光で透けて見える。
俺は、気付いていないふりをしなければならない。咲久が女の子だってことに。
第一印象は小さい。俺は身長が一七五センチで、学校でも比較的大きい方だったと思う。でも咲久は一六〇センチで、並ぶとやはり小さく思えた。
だけど、はきはきとした性格で、家族になってからは父親にも意見を言う場面をよく見た。父親と俺は性格がよく似ていて、基本的にのんびりと言うか、穏やかと言うか、な性格。咲久のお母さん、俺にとっては新しくできた母親ものんびりとした性格のようなので、家に咲久がいるのといないのとでは、空気が全然違うものになっていたと思う。
「光輝、今日何食べたい?」
「え?咲久が作ってくれるの?」
「お前作る?」
「いや、咲久が作った方が絶対おいしいから咲久に作ってほしい」
「そうだよな。光輝が作ったら台所が大惨事になりそう」
「失礼な。俺も料理できるんだよ」
「じゃあ作れよ」
「やだ」
朝食を食べながらの会話。咲久と俺の会話を両親はにこにこと聞いている。
両親は今日、二回目の結婚記念日デートだ。
普段の食事は母親が作ってくれるので、咲久と俺は各自帰宅時にコンビニかどこかで買って帰るものだと思っていた。でも、咲久が作ってくれるらしい。
「俺は七時くらいに帰るけど、バイトは?」
「あー、片付けあるけど九時前には帰れると思う」
「了解」
何作るかなー、と考え始めた咲久は面倒見のいい性格なんだと思う。俺は四月生まれで咲久は十月生まれだから戸籍上は俺が兄、咲久が弟なわけだけれど、絶対的に咲久の方がしっかりしていた。
「結婚してよかった」
父親がのんびりとした口調で話し始める。
「二年前、確かに咲久も光輝ももう十八歳で、自分自身というものをしっかりもっていたけれど、父さんと母さんの結婚が二人の人生にどう影響するかわからなかったから、少し怖くもあった。でもこうやって、家族で仲良く過ごせて、幸せだなって思う」
そんな父親を母親も幸せそうに見つめている。研究学者の父親と、医療事務の仕事をしている母親。咲久と俺をここまで育ててくれたことに感謝しているし、今まで苦労した分、二人で幸せに過ごしてほしいなと思う。
「俺たちが家出るみたいな言い方だけど、光輝も俺もまだしばらくはお世話になるから。な、光輝」
「そうだね。しばらくは」
「どっちが先に家出ちゃうのかしら。寂しいわ」
「気が早いよ」
母親の言葉に笑いながら、咲久はごちそうさまでした、と両手を合わせる。
「行ってきます」
高卒で社会人になった咲久は、きっと、俺よりも何倍も人生経験が豊富で、人と共存する術もたくさん持っているのだろう。でもそれは、咲久がこれまで生きてきた二十年間で培ってきたものであり、咲久自身の努力の結果でもあると思う。両親は俺たちのことを比べたりなんてしないけれど、勉強になると思うこともあるし、見習いたいと思うことだってたくさんある。そんな存在が身近にいる俺は、たぶん幸せ者だ。
色素の薄い咲久の髪が朝の光で透けて見える。
俺は、気付いていないふりをしなければならない。咲久が女の子だってことに。
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