明日のキミは。

「何度か言ってるけどね、みくじゃなければしないよ。キスなんて」
「先生、またからかって」
「からかってなどいない」

 ぴしゃりと言われて、私は身が縮こまる。

 先生には時折そう言われるが、いまいち腑に落ちない。


 久我先生は、誰が見ても端正な顔立ちで、程よい筋肉でバランスの取れた体つきと長身に、耳に心地いい低い声。ほとんど奇跡の産物だ。
 研究者の世界でも有名らしく、この年齢での教授というポジションはかなり珍しい上に、テレビでもよく顔を見かける。普段は家で人を褒めることのない大学教員の兄が、唯一褒めるような発言をした相手でもある。

 以前から兄に「久我は自分と同じ独身組」と聞いていたが、きっと遊び慣れているからこその『結婚しない主義』なんだろうと兄妹ともにそんな認識だった。

 結婚のことだって、久我先生は旧家の生まれで一人息子なのに、全く結婚に興味もなく研究ばかりしているので、随分前から結婚をせっつかれていたと、結婚のご挨拶に行ったときに久我先生のご両親から聞いた。

 先生も『そろそろ年貢の納め時か』と思ったところに、私がふわりと舞い込んできた、と言ったところなのだろう。
 私は先生のご両親からその話を聞いた時、先生があのキスだけで突然結婚したいと言い出したことを、そんな風に心底納得していたのだ。

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