月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 心あらずの状態で、機械的にビールに口をつける。モヤモヤの原因を考えているうちに、今まで目をつむって見えないようにしてきたものにぶち当たった。

「……さすがに、決断しなきゃだよね」

 呟いて、残りのビールをぐいっと飲み干した。その途端、ふわりと風が揺らぐ。

「今日は早いな」
「早帰りデーだからね」

 言った途端に反省する。社会人用語をファンタジーの住人に言うって、なんかすごく意地悪だ。
 慌てて私の目の前に立つ暗月を、見上げた。

 白い綿シャツにロールアップしたチノパン。度が入っているんだか謎な眼鏡。相変わらずの気の抜けた格好のくせに、やたら様になっている。美人さんだなぁと何度目か分からない感想が浮かんだけれど、でもそれだけだ。この人は、人ではない人。本当だったらお目にかかることすら出来ない異形の人。

「なにがあった?」

 私の様子で、なにかを察したのだろう。そう短く問いかけると、暗月は私の横に腰掛けた。

「ん」

 直ぐには答えず、缶ビールを差し出す。
 暗月はそれを受け取りプルタブを開けると、促すように視線を寄越した。

「うん。乾杯」

 ペコッと缶と缶を合わせる。乾杯は私が教えた儀式だ。さすが場合によっては祀られる存在だけに、こういうしきたりは一度覚えると省略したくはないらしい。
 暗月がビールを飲む。ゴクリゴクリと喉仏が動いて、豪快な飲みっぷり。顔立ちや立ち居振る舞いは品があってお美しいとしか言いようが無いのだけれど、こういうところに男臭さを感じる。でも、精霊に男女の差ってあるんだろうか?

「それで?」

 一気に何口か飲んで、ぷはって感じで缶から口を離すと、暗月はこちらを向いた。

「告白を、されました」
「ほう」

 私は正面を向いたまま、彼の視線を横顔で受け止める。とてもじゃないが、目と目を合わせて話をするなんて出来そうにない。

「誠実で思いやりがあって、ついでに年収もあって、優しい人。結婚を前提としたお付き合いを相手は望んでいて、今はお試し期間です」
「ほう」
「私もあと二年で三十路になっちゃうし、子供産むんなら今が最大のチャンスだし、彼との交際をちょっと真剣に考えてみようかと」

 言いながら、どんどんと途方に暮れる。
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