月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 自分が話している人生設計プランはとてもありきたりなもので、普遍的で、現実に即しているものだというのに、その流れに自分が乗っかる姿がちっとも想像出来なかった。それなのに自分は今、最大の決意を口にしようとしている。

「だから私、もう、暗月とは会わない……」

 手にしていたビール缶がペコッと音を立てて潰れた。いつの間にか、強く握り過ぎていた。
 月の精のくせに、ファンタジー世界の住人のくせに、暗月は余りにも私にとって現実的過ぎた。飯島さんよりも。
 このままでは、どんどんと心の奥が暗月に満たされてしまう。そうなる前に、私は暗月から離れなくてはいけなかった。夢に癒される時期は過ぎたんだ。現実に戻らなくては。

(はじめ)

 深く、落ち着いた声に呼び掛けられた。いつもはお前呼びなのに、なんで名前を呼ぶんだ。

「朔」

 頑なに前を向いたままの私を咎めることなく、ふわりと横から抱きしめられる。

「私はお前を愛おしいと思うよ。月に一度のこの逢瀬を、心待ちにするほどに」

 反射的にぴくりと体が動いて、私は小さく息を吐いた。頬と頬が触れ合って、そしてゆっくりと覗き込まれる。

「でも、お前と私は別の(ことわり)の上に存在している。お前の一生は、私にとってあっという間の出来事だ。お前が人としての生を全うしたいのなら、そうすれば良い」

 一瞬、突き放されたのかと思った。
 けれど暗月の真剣な表情は、そうではないことを伝えていた。

「人としての生を全うした後、私に会いたいと願ってくれれば、これ以上の喜びはない」

 それは、酔っ払いの詩人が死後に天の川のほとりに住んで、暗月と交流を続けるようなものなんだろうか。

「そんな先のことなんて、分からない……」
「分からなくて良い。ただ、お前も私を必要とするのなら、最後に私を思い出しておくれ」
「暗月……」

 自分から、この目の前の人から離れようとしているのに、それがとても心細くて、すがるような目で見てしまった。そんな私を見返して、ふいに暗月が微笑む。その美しさに見惚れていると、顔が近付いてきて、唇と唇が触れた。

「私を、忘れないでいてくれ」

 もう一度、今度はゆっくりと唇が重ねられた。暗月の片手が私の後頭部を支える。私も両腕を彼の首に回して、密着する。彼が首を少し傾げて角度を変えた。隙間がうまれてそこから舌が入り込む。
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