月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 なにかのドラマで見たことのある、古代中国の衣装。見るからに柔らかそうな白地の着物の上に、複雑な刺繍が施された濃い紫の着物が重ねられている。その姿は艶やかで、あまりの美しさに息を呑むばかりだった。

「えっと、……誰?」
「なんだ、それは」

 思わず呟いてしまい、速攻でむっとされてしまう。しまった。言葉のチョイスを間違えた。
 いつも見ていた量販店の普段着と伊達眼鏡ですら格好良かったのに、こんな本気の礼服を着た美人を目の前にしたら、気後れしてしまう。そんな乙女心あふれる繊細な気持ちから出た言葉だったんだけど。

「まあ、それもお前らしい」

 くすりと笑って、彼が微笑む。

「攫いに来たぞ、朔」

 そう言って両手を差し出す。
 久しぶりの彼の姿。真っ直ぐに私を見つめる瞳。引き寄せられる様に一歩一歩彼に近付くと、焦れた様に手を取られて抱きこまれた。

「会いたかった」

 耳下で囁くその声に、ようやく実感が湧く。

「暗月」

 ここに、いるんだ。実在するんだ。
 確かめる様にぎゅっと抱きしめると、小さく笑う声がした。

「満月に私のことをそう呼ぶのは、お前だけだ」

 そう言いながら覗き込まれる。柔らかい、暗月の表情。目が合って、唇が触れた。

「……会いたかった」

 振り絞る様にそう言った途端、涙がこぼれた。今まで抑えていた気持ちが、次々にあふれてくる。

「暗月、好き。……好きなの。好き」
「知っている」

 私の涙を吸い取ると、暗月は頬をすり寄せた。彼の背中に手を這わせぎゅっと抱きしめると、今度は私から口付ける。すぐにそれは深くなって、どちらからとも無く舌と舌が絡み合った。その感触に、気持ちの良さよりも先に安心感が増してゆく。暗月が、いる。ここに暗月がいるんだ。

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