月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 口の中の抱擁にしばらく夢中になっていたけれど、やがてゆっくりと唇が離れていった。すっかり体中の力が抜けてしまい、いつの間にか私は暗月に抱きかかえられている。

「朔、そろそろここから去らねばならない。お前を攫うぞ」

 その言葉と共に、暗月が地面を蹴り宙に飛んだ。突然の浮遊感に焦っていると、景色がぐるりと回転する。
 心構えのないフリーフォールに付いて行けず、とっさに暗月の着物に顔を埋める。息を吸い込んだまま固まっていると、しばらくして足が地面に着く感触がした。

「もう良い」

 その言葉に顔を上げ、息を吐き出すと、あたりを見回した。

「ここは……?」
「我が住処だ」

 目の前にはいくつもの灯篭に照らされ、浮かび上がる屋敷があった。寺院の様な造りで、大きな玄関の前には数名の人影が見える。よく見てみると暗月と同じく古代中国っぽい着物を着た女性たちで、こちらに向かって頭を下げていた。

「さて、行くか」

 状況が分からない内に抱き上げられる。

「え? あ、ちょっと」

 ついバランスを取るため暗月の首に腕を巻き付け抱きしめ返したら、そのまま歩き出されてしまった。向かう先は女性たちが待ち構えている玄関。って、ちょっと暗月、これ恥ずかしくないか⁈

「戻ったぞ」
「いやちょっと、あっ」
「お帰りなさいませ」

 女性たちは合計七人。そのうちの一人が代表してそう言うと、いっせいに顔を上げた。居たたまれない!

「ようこそおいで下さいました、朔様」
「あ、あの、……どうも、初めまして」

 慌てて暗月から降りようとするのに、がっしり抱えられて身動き取れない。恥ずかしさにどんどんと顔が赤くなっていくけれど、なぜか彼女たちは一様に、そんな私を微笑ましそうに見つめていた。

「今後は私共が朔様のお世話をさせていただきます。どうぞ、お見知り置きを」
「着いた早々、主人の許可も無く挨拶か?」

 その言葉に驚いて、暗月の横顔を見つめる。僅かにしかめた眉。素直に不快感を示すその表情は、なぜか駄々っ子という単語を思い起こさせた。

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