月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 そういえば暗月と飲む時は、いつも言葉が少なかった。最初の出会いの時からそうだった。

「不思議だね」
「なにが?」

 耳もとで聞き返されて、ぴくりとする。いつの間にか声に出していたのか、私。

「……こうして暗月とまた会えて、二人でお酒飲んでいることが。夢じゃないよね、これ?」

 言いながらぞっとした。これで目が覚めたら一人でした、なんてオチ、想像したら怖すぎる。

「夢にしてくれるな」

 ため息混じりの声とともに、肩を抱かれた。その力強さに彼の本気を感じ、嬉しさと共に戸惑いも生じる。

「やっぱり、不思議」
「なにが?」
「私はただの人間で、突出したところも特に無いのに、なんで暗月が私を思ってくれるのかが、不思議」

 言いながら、あれ? って思った。
 これ、結局は私のどこが好き? って遠回しに聞いているのと同じじゃ無い?

「あー、いや良いです! 今の無し!」

 恥ずかしさに慌てて離れようともがいたら、より一層ぎゅっと抱きしめられた。

「お前を認識したのは二年前だよ」
「二年前?」

 その年数に、またびくりとする。

「辛いと、寂しいと悲鳴をあげる声が聴こえたので下界を見たら、笑っているお前がいた。悲しい時にも人は笑う。それが常々疑問だった。だからお前を観察することにしたのが、始まりだ」
「観察……」

 なんか思ったより甘く無い。そして二年も観察されていたのか。思わず力が抜けて、抵抗する気が失せた。

「自分を気遣う他人に気遣い、無理していることにも自分で気付かずにお前は笑い続けていた。そのうち少しずつ危うく感じはじめて、つい、お前に会いに下界に降りてしまった。お前の涙は、美しかったよ。あの時、心の澱が溶けて良かった。多分、あの時にはもう、私はお前に捕らえられていたのだろうな」

 そう言って、私を真っ直ぐ見つめる暗月になんと言って返したら良いか分からず、目を伏せる。けれど頬に手を添えられて、また目を合わせられてしまった。

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