月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「私は人では無いが、愛する気持ちは人と変わりはない。こうしてお前が私の世界に来てくれたことを心より嬉しいと思うし、二度と離したく無いと思っている。だが、お前の真の幸せとは何かとも、考え続けている」

 淡々と話し、私を見つめ続ける暗月の瞳が、不安で揺れている。

「ここは、お前の存在する世界とは別の(ことわり)にある世界だ。ここの世界の住人になれば、もう、前の理で存在することは出来ない。
 ……お前が二年前に失った家族と、お前が死んだ後に再会することは、もう出来ない」

 苦しそうにそう告げる暗月を見て、ああやっぱりそうか。と思った。

 二年前に、突然、事故で家族を亡くした。
 父、母、弟、妹。郷里を離れ、一人暮らしてしていた私だけが生き残った。今まで当たり前のようにあると思っていたものが、私を構成する重要なものが、無くなってしまった。あの、暗闇に突然放り出された様な恐怖感、絶望感はまだ私の中に生きていて、時々私を押し潰す。

 そんな私が心の中で願っていたのは、唯一の救いだったのは、いつか私が死んだ時、家族に再会できる。だった。
 特定の宗教とかでは無い、それが私が生まれ育つうちに根付いた死生観だ。
 暗月はそれを知っていて、だから死んだ後に、家族と再会してからの私に、自分を思い出して欲しいと願ってくれたのだろう。

 でもね、

「私がこっちの世界にいま来たとしたら、現実世界での私はどうなってしまうの? 最初から存在しない人? いきなり行方不明になっちゃう人?」
「……なにもしなければ、行方不明だ。そうならない様に、存在を消したり、周りの記憶を消したり、幾らでもやりようはあるが」
「それらの弊害は? 綺麗さっぱりと存在とか記憶って消えるものなの? いくら月の精だって、結構無理することになるんじゃ無いの?」
「それはまあ。お前と結びつきの強い者は、何かの拍子にお前のことが思い浮かぶだろう。決してはっきりとは思い出さなくとも」

 いきなり事務的に質問を始めた私に戸惑いつつ、暗月が答える。

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