月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 自信に満ちたその口調。横に座る人物を眺めながら、自分の中で邪魔をする何かというのが、世間一般で「常識」と呼ばれるものである事を理解した。

「ちなみに今日だけなら、暗月と呼んでも構わない」

 いや、違う。違うよ。常識とは邪魔をするものではなくて、すがるべきものなんだ。

「あー、んー、役者さんとか? もしくはひねってコスプレイヤーさん。そういう設定で何かされてるってこと?」

 うんうんそうだ。そういうことなんだ。でも、

「そういう話するなら、もう少し作り込んでからにしなくちゃね!」
「作り込みとは」
「それっぽい格好をするとか」

 言いながら、目線でその服装を指し示す。
 いくら美人さんだと言え、本人にやる気が感じられない以上、月の精としては不合格でしょうよ。
 けれど彼はこちらの指摘に動じることなく、反論をする。

「言っただろう? 今日は定休日だと。お前はせっかくの休日にまで、気合の入った格好をしていたいのか」
「そんな、疲れたサラリーマンみたいな理由言われても、はいそうですかって納得できる訳無いでしょう」
「そうか。それならば仕方ない」

 あっさりと引き下がると、自称月の精、または暗月は夜空を指差した。

「私の力は、月の大きさに比例する。ゆえに今宵、何が出来るという訳でも無いのだが、元々人間ではないからな。ということで、これならどうだ?」

 その言葉と共に、街灯の明かりがふつりと消える。急に真っ暗になったことに慌てていると、落ち着いた声が聞えてきた。

「月の光りがあると、星達もうまくは輝けない。だから、暗月は星達が最大限に輝ける、星が主役の日になるんだ」

 言われて空を見上げる。
 都会の夜空は月が無くとも街灯が反射をし、星などせいぜいが数個、見えれば良い方だ。そのせいか、気が付けば夜空を見上げるなどという習慣は無くなっていた。
 でもこうして街灯まで消えた公園から仰ぎ見れば、それなりに空を彩る輝きは存在していた。

「星、あったんだ」
「星は空へ。そして、月はここに」

 からかうような、面白がるようなその口調につられて横へと視線を移すと、彼の顔がやけにはっきりと見えた。いや、顔だけでない。姿全体が薄ぼんやりと光って見える。

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