月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
 通常の桃と違い小振りで、ちょっと真ん中がひしゃげた、ドーナツが膨らんだような形をしている。食べやすく皮も剥かれていたため一見分からなかったけど、この甘く芳しい香りは紛れもなく、桃だ。

「こちらの世界の食べ物だよ。この桃は、命の源とも言われている」
「どうりで」

 食後のデザート要らない派なので全然気にしていなかったけど、確かに桃は脚付きの台に乗せられ、この卓上の中央に位置し、特別な雰囲気を醸していた。

「そしてこれをお互いに食べさせ合うと、私たちは結ばれる」

 暗月の笑顔が艶やかで、どきりとする。

「これを食べて、お前はこちらの世界の住民になるんだ。実際に来るのは三ヶ月後で構わない。だが、今これを食べさせても、いいか?」

 言い方はお伺いを立ててるようなのに、先ほどとは違って弱気さは感じられない。実質、宣言だ。
 そして私も、異論は無かった。

「はい」

 うなずくと、なぜか暗月の膝の上に座らされた。
 こうなってはじめて、自分の格好を思い出す。暗月に合わせて中華風の着物だけど、着付けは意外と楽だった。和服で言うところの襦袢が上と下とに分かれていて、下はふんわりとした巻きスカートのようになっている。それにさらに上下一体の裾広がりな着物を重ね、帯で固定してあるだけなので、この格好のまま足を開くことが出来る。私は暗月に跨がる格好となり、お互いに向き合った。

 暗月は私を見つめたまま小鉢の桃を一切れ摘むと、私の口元に持ってくる。なんだかすごく楽しそうだ。

「朔、愛している」

 不意打ちでそう言われ、そっと桃を唇に当てられた。驚いて見つめ返すと、真剣な目に捉われた。

「……私も、愛している」

 神聖な誓いのつもりで繰り返し、そのまま一口で桃を食べた。
 甘い香り。
 口の中に果汁があふれ、その甘さとみずみずしさが広がる。十分堪能し飲み込むと、自然と満足の笑みが浮かんだ。
 暗月はそんな私の様子をじっと見ている。

「美味しいね」
「では次は、朔が私に食べさせてくれ」

 囁く様にそう言われ、私も桃を一切れ摘んで暗月の口元に近付けた。
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