月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「え、美人だと輝くものなの? 発光ダイオード?」
「なんだそれは。星の光りだよ。彼らの光りが自然と集まり、私を微弱ながらも照らしてくれる」
「人間技じゃ、ない……」
「だから人間じゃないと言っているだろう。私は月の精だ」
「月の精……」

 馬鹿みたいに繰り返して、彼、暗月の顔をぼんやりと見つめた。

 なんかまずい気がする。
 なにがまずいって、この突拍子もない話がすんなりと心と頭に入ってくる。
 私のすがるべき常識力は、とっくにアルコールによって追い出されていた。

「でもなんで、月の精サマがここにいるの?」

 その点はやっぱり理解できないため、聞いてみる。暗月はまたもや空を見上げると、ゆっくりとした口調で語りだした。

「昔、詩人と知り合いになったんだ。彼は大層な酒好きで、よく私と自分の影を相手に、酒を呑んでは歌い踊っていた。あれがどうにも楽しそうで、影響を受けた。以来、暗月になるとたまに、下界に降りてきている」
「詩人に、会うために?」
「いや、下界に降りれば良いと思いついたのは、詩人が亡くなってからのことだ。奴は今は天の川のほとりに住んでいるよ。交流は続いている」
「じゃあ、今ここにいるのは」
「下界に降りるのは、単なる趣味。それと、言っただろう? ここにいるのは、お前に呼ばれたからだと」

 真っ直ぐにこちらを見て、そう言い切る。でも呼んだ覚えなんて、もちろん無い。無意味に自分を指差して首をかしげて見せるばかりだ。
 暗月はくすりと笑うと、また月琴を爪弾きだした。

「お前、ついたち生まれだろう」

 断定口調に、思い切り首を振る。

「十八日だよ。一日じゃない」
「それは太陽暦での話だよ。私が言っているのは、太陰暦。月の暦の話だ。ついたちは、月の始まる日。すなわち暗月であり、(さく)ともいう」
「朔?」

 ここでようやく思い当たるふしが出来、ぎくりとした。暗月はそれを分かっているのか、ごく自然に聞いてくる。

「ところで、お前の名は?」
「……はじめ。朔と書いて、はじめ」

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