月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「楽しいねぇ」

 心の奥がほわっと満たされるような、そんな気持ちに浸りながら呟いた。

「そうだな」

 暗月もそう呟いて、ビールを飲む。二人とも、それ以上なにも言わない。ゆったりとした時間。今の私の月一回のご褒美がこのサシ飲みだ。

 満足感にしばらく浸っていたけれど、ふともう一品ツマミを買っていたことに気が付いた。

「そうそう。野菜スティックもあったんだ」

 プラスチックの蓋を開けて、暗月に差し出す。

「肉だけじゃなくて、野菜も食べなきゃね」

 ちょっと健康的じゃない? と誇らし気に暗月を見たら、なぜか考え込むような表情でこちらを見つめ返された。

(はじめ)、会社からここまで真っ直ぐ来たのか?」

 月の精の口から「会社」とは。

「うん。そうだけど」
「残業か?」
「ええまあ」

 夏至も近付いた時期だ。日が落ちるのも遅くなって、今は二十時を過ぎている。そしてこの時間にここに来れるようにと、私は定時を過ぎても仕事を続け、頃合いを見計らって退社した。特に確認した訳ではないけれど、なんとなく暗月とは暗くなってから会うものだと思っていたんだ。ほら、暗月という名前だけに。

「夕飯を食べていないのだろう? ギョニソと野菜スティックだけでは足りないぞ」

 やれやれといった表情から発せられたセリフに、私は驚いて目を見開いてしまった。

「まさかの栄養指導⁈」

 おかん? 暗月は私の母か?

「心配をしているだけだ」

 当たり前のように返されて、何も言えずに黙り込んでしまった。健康を心配してお小言だなんて、まさしく母と同じじゃないか。

 ちょっと、これはマズい……。

 私は、それがどんなに貴重なものなのか知っている。そして、いつまでも続くと思っていたことが、あっという間に儚くなってしまうことも……。

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