月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─
「暗月は私の休暇日だ。お前が呼べば、私は直ぐに来る。別に日が暮れるのを待たずともよい。ここでの呑みを早目に終わらせて、お前は夕飯を食べた方がいい」

 早めに終わらせて? 出来るわけがない。

「コンビニ行ってオニギリ買ってくる」
「と、え?」
「すぐ戻るから、待っていて。私が居ない間に、居なくなったりしないで!」

 財布を掴んで立ち上がった。缶ビール一本さっと飲んで解散してその後夕飯なんて、公園飲みの扱いが軽すぎる。この場合、すぐに終らせるのはどっちかなんて分かりきったことだろう。

 直ぐにでも駆け出そうとしたのに、暗月に手首を掴まれたので振り返った。呆気に取られたような彼の表情。それを見つつ、小さくささやく。

「ここに、……いて」

 なんだか胸がギリギリと痛んで、油断すると涙が出そうになった。なるべく平気な、なんでも無いような振りをしているけれど、自分の声が上ずっているのを感じていた。まずい。うっかりと自分で自分の地雷を踏んでしまった。なんで暗月の気遣いに、家族を重ねてしまったのかな。

「ここに、いるよ」

 ふっと暗月が笑って私の手を離し、もう一度指先を握った。

「待っているから行っておいで。私は、ここにいる」
「……ありがとう」

 それだけを言って、私はコンビニでオニギリを買い、戻ってきた。暗月はそんな私に何を言うわけでもなく、いつの間に取り出した月琴を奏でている。その姿を見て、私はようやく自分の心が落ち着いてゆくのを感じた。暗月は突然いなくなったりはしないんだ。

 夏の夜が更けてゆく。

 そして、暗月と会うのは夕飯を食べて終えてから、という自分ルールがこの回から出来たのだった。
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