月下双酌 ─花見帰りに月の精と運命の出会いをしてしまいました─

おまけ2 :神無月ー控室にて

朔と別れている間の月の館のことなど。
あと最後に、ちょこっとだけ佐藤さん。


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 ふうっと息を吐くと、月の宮は目を開いた。

 開け放たれた引き戸から、丸い地球が見える。今この瞬間まで彼は全神経を集中させ、目の前の星に自分の力を降り注ぎ、そしてその世界で起こる全ての出来事を静かに見つめていた。

 だが、そろそろ夜も終わり、じきに朝日がのぼってくる。日の宮に後を任せる頃合いだろう。

 彼は区切りをつけて辺りを見回す。女官にお茶を頼もうとしたのだが姿が見えず、代わりに呼び鈴が置いてあった。集中力を酷使するため、静かな環境を好む月の宮が一人でいることは常だ。その際も気配を消して側にいるのが女官の仕事ではあるが、それが呼び鈴に変わっても彼は気にはしない。だが最近ちょくちょく彼女たちの姿が見えないことに、気が付いた。

 立ち上がり、女官達が控えの間にしている部屋へと向かう。すると、さざめきの様な軽やかな声が複数聞こえてきた。

「昨夜の(はじめ)様の苦悩、ご覧になりまして?」
「ええ。まさかの紋章! 考え付きもしませんでしたわ」

 話の内容にぴくりとした。不穏な空気を感じて、月の宮は思わず扉の前で足を止める。

「紋章ってどんなものですの?」
「えーっと、中世ヨーロッパで考案されてきた、家系や個人を表す意匠、ですって。先ず中心となるのは(エスカッシャン)で、それに兜だの想像上の生き物だのを足していって、最終的に大紋章となる、と」
「手の甲に紋章って、結構複雑になるのでは?」

 話の流れが大分マニアックになってきた。持てる情熱の全てをすべてを注いでいるかのような熱量が扉の向こうから伝わってくる。

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